「もう一度『プロ』を目指したい」。心の奥底にあった思いが、この仕事に導いた 曲木崇裕 シニア・コンサルティング・ライフプランナー 「もう一度『プロ』を目指したい」。心の奥底にあった思いが、この仕事に導いた 曲木崇裕 シニア・コンサルティング・ライフプランナー

プロフィール

  • 千葉支社
    シニア・コンサルティング・ライフプランナー
    2010年入社
  • 獨協大学 経済学部卒
  • 前職:総合人材サービス会社 営業
  • 好きな言葉:与えることは最高の喜びだ。他人に喜びを運ぶ人は、
    自分自身の喜びと満足を得る。

シビアな勝負の世界で
過ごした少年時代

子どものころ、プロのサッカー選手を本気で目指していました。筋金入りのサッカーファンだった父の勧めで3歳からサッカー漬けの毎日を送り、小学生になるとJリーグクラブのユースチームに入りました。そこは子どもながらも限られたメンバー枠を奪い合う環境でした。チームの結果は当たり前で、一試合の中で自分がいかに活躍するかが問われました。毎年、激しい競争に勝ち抜きながら、目指す先にあるプロサッカー選手の世界の厳しさを知らされました。

しかし中学に入って一気に身長が伸び、ひどい成長痛で練習できない時期が訪れました。めきめきと上達するメンバーを横目に見ながら、次第に自信をなくしていきました。「プロは諦めよう」。中学3年生でそう決断しました。当時は平気を装っていましたが、今振り返ると、心の底ではとてつもない挫折感を味わっていたと思います。

その後は新たな夢を追うわけでもなく、そつなく平穏でそこそこの学生生活を送りました。けれど、ユース時代の仲間がプロの舞台でキャプテンとなって第一線で活躍したり、歌と踊りが大好きだった姉が、日本有数の劇団に入団して舞台に立つ姿を見るにつけ、「自分はこのままでいいのだろうか?」と心の中にもやもやとしたものを抱えていました。

営業先での運命の出会い。
「プロ」という言葉にハッとした

大学卒業後は、人材派遣などを専門とする企業に営業職として就職。新規開拓の一環として、あるときプルデンシャル生命の千葉支社を訪れました。1日に何十件も飛び込み営業をしていると、門前払いなんて日常茶飯事です。ところが迎えてくれた営業所長は驚くほど誠実な態度で、僕を対等な人間として扱ってくれました。何度かお会いするうちに人柄にどんどん惹かれ、気がつけば彼のファンになっていました。

そんなある日、営業所長が「私たちは営業のプロ集団だから」と話すのを聞き、自分の中で何かがググッと動き出すのを感じました。それは、サッカーを諦めてからずっと胸の奥にしまって見て見ぬ振りをしてきた、「プロ」の世界を渇望する気持ちだったのだと思います。「もう一度、プロを目指したい」。その一心で、転職を決意しました。

入社して一番うれしかったのは、周りの先輩たちが「どうしたら売れるか」ではなく、「どうしたら役に立てるか」と、徹底的にお客さまの視点に立って働いている姿を間近で見たときです。プロの名に恥じない仕事をするという営業所長の言葉は本当でした。そして、「自分もここでプロになるぞ」と決意を新たにしました。

自分の成長が、直接お客さま
のプラスにつながる仕事

「与えることは最高の喜びだ。他人に喜びを運ぶ人は、自分自身の喜びと満足を得る」。ライフプランナーとして働く上で、ウォルト・ディズニーのこの言葉を心の支えにしています。

私が人生で初めて「他人に喜びを運ぶ」素晴らしさを体感したのは、プロサッカー選手を断念した直後のことです。それまで第一線でプレーしていたため地元のサッカーチームでは中心選手になれました。市内の大会で一人何役もこなしながら無我夢中でプレーした結果、弱小と呼ばれていたチームが奇跡的に優勝できました。あのときメンバーのみんなが大喜びする姿を見て、「人と喜びを分かち合うってすごい!」と心が震えるほど感動しました。

今はライフプランナーとして、お客さまに惜しみなく自分の提供できる価値をお届けすることが「与える」ことだと考えています。この仕事は、自分の人間的成長とお客さまから寄せられる信頼が比例する仕事です。そして、お客さまからの信頼があつくなるにつれ、生命保険のこと、お金全般のこと、生活のこと、人生のことという順番に、受ける相談のステージが変わってきます。全力で与え、喜びを運び続けること。成長を止めることなく、人間力を磨き続けること。お客さまからの絶対の信頼は、この2つの実践なしでは得られません。そしてそれこそが、プロの条件だと僕は思っています。