広島県・Nさま

「御守り」のはずだった生命保険が、家族を救ってくれました

主人がプルデンシャル生命の保険に加入することを決めました

主人と私が結婚したのは、1984年のことでした。主人は28歳、私は23歳。東京の大学を卒業したものの、家業の製本所を手伝うために広島に戻ってきた主人と出会い、縁あって結ばれました。明るく、誰にでも人なつこく話しかけ、冗談を言っては周囲を和ませてくれる人柄に惹かれ、「こんな人と暮らしたら、毎日楽しいだろうな」と思ったのを覚えています。ただ、彼は結婚の前年に父親をガンで亡くし、大学生の時に母親を突然に亡くしていました。当時は家族を立て続けに失った寂しさからか、社長になったお兄さんと2人で、懸命に家業に精を出していました。そして、私も自然に製本所の軽作業を手伝うようになったのです。

私たちは、結婚の翌年に長男を授かり、その2年後には長女も授かりました。この家族を何としても守りたいという気持ちからでしょうか、主人は長女が生まれてすぐプルデンシャル生命の保険に加入することを決めました。友人からの紹介ということで、主人は迷う事なく契約したようです。当時は珍しかった男性の担当者とライフプランナーという肩書きに緊張しましたが、お会いした担当の村上さんは、実に腰の低い方で好感が持てました。その後、村上さんは年に1回ほどは必ず会社か家に顔を出してくれるようになりました。

突然の旅立ちでしたがライフプランナーが親身に対応してくれました

製本の仕事は重労働で、しかも不規則な仕事です。深夜、土日の出勤もよくありました。それでも、主人にとっては仕事があるというのがうれしい事だったのです。睡眠時間が不足すると、主人は昼休みによく作業場の床に大きな印刷用紙を敷いて、機械の間に挟まるようにして仮眠していました。疲れはいつの間にか溜まっていたのだと思います。

そして、1998年2月、いつもと変わりない朝でした。主人は相変わらず不規則な日々が続いており、年度末を間近に控えて製本所はいちばん忙しい時期を迎えていました。2日前の日曜日も休みが取れないままでした。私はその日は用事があり、いつもより早く作業場を出ました。そして買い物に出かけていた時、不意に携帯電話が鳴りました。主人が作業場で倒れ、救急車で運ばれたという知らせでした。私は、突然の事で訳が分からない状態でした。何とか病院にたどり着き主人の顔を見ることはできましたが、意識は無く、頭には包帯がぐるぐる巻きにされていました。

作業中に急に様子がおかしくなり、「頭が痛いんじゃ、ズキンズキンする」と言って耐えていましたが、ますます苦しみ始めたという事でした。慌ててお兄さんが近くの病院に連れて行ったのですが、そこで再び倒れ、救急車で運ばれたのでした。病院の先生は、とりあえず頭の中に溜まった血は除いたが、予断を許さない状況だというお話でした。まるでドラマの中にいるようで、まったく実感がありませんでした。そして入院して4日目に、主人は息を引き取りました。42歳でした。死因は脳内出血で、入院の際の検査でもともと脳の動脈に奇形があったことも分かりました。先生はもっと早くに何があっても不思議ではなかったが、周りの環境に恵まれていたのでしょうと言って下さり、それが私の唯一の慰めになりました。

担当ライフプランナーの村上さんにご連絡したのは、初七日が過ぎてからでした。村上さんは大変驚かれ、すぐに自宅に来て下さいました。そして契約の内容を丁寧に説明してから、「ご主人は、ご家族の事を考えて家族収入保険に入られていました。予定通り月々受け取る事も、一括で受け取る事もできますが、どうなさいますか?」とおっしゃいました。私は素直に、自分が次男の嫁という立場で、この先も製本所に勤めていいのか分からない事、子どもがまだ小さい事などをお話しして、どちらの受け取り方がいいのですか、と伺いました。村上さんはじっと耳を傾けてくれ、「会社の事はこれからでしょうが、教育費もまだまだかかるし、年金形式で受け取られた方が、遺族年金と合わせて一定のものは確保できますから、毎月受け取られた方がいいと思います」とアドバイスいただきました。この時は、そこまで考えてくれるのか、と感激し、担当ライフプランナーという存在を本当にありがたく感じました。

当時は子どもたちも小さく、2人を育てる事で必死でした。幸いそのまま製本所で働くことができましたが、給料と遺族年金だけではギリギリで、もし毎月の保険金が無ければ、とても生活はできなかったと思います。主人が亡くなって11年になりますが、今でも保険金の振込があるたび、主人が家族のためを思って遺してくれたお金だという思いを新たにしています。村上さんには、私と息子の保険もお願いしており、本当に頼れる担当者です。幸い息子は結婚して子どもも生まれ、私もおばあちゃんになりました。娘は大学生で、就職活動の真っ最中です。私が今でも製本所で仕事ができ、子どもたちが自分自身で新しい生活と幸せを手にすることができるまでになったのは、保険のおかげだと信じています。生命保険は私にとって、実際に役立つ大切な「御守り」だったと、今はそう思っているのです。

担当ライフプランナー

広島支社 エグゼクティブ・ライフプランナー
村上 雄志