Episode09

2009年
“海”を渡った230個のランドセル
アフガニスタンの子どもたちの元へ

プルデンシャル生命には、困難な環境の中で勉強をする海外の子どもたちにランドセルを贈る、という活動がある。贈られるランドセルは、社員の子どもたちが使ったものだ。まだ充分に使えるランドセルを、棄てずに次の子どもたちに役立ててほしい、そんな思いを込めて提供された数はこれまでにおよそ230個。この活動のきっかけは、ある一人のライフプランナーの小さな思いつきだった。

1989年、当時の会長でプルデンシャル生命の創業者である坂口陽史が、ある社内イベントを発足させた。小学校に入学する社員の子どもたち全員に、ランドセルをプレゼントする「ランドセル贈呈式」である。
「社員と、社員の家族を大切にしたい」という、坂口会長の肝入りで始まったこのイベント。1989年の第1回から数えて、2017年の今年で29回目を迎えることとなる。これまでにランドセルを贈られた子どもは、6,064名にのぼるという。

ライフプランナーの中山も、2003年のランドセル贈呈式に参加した一人だ。中山が入社した時点ですでにこのイベントは始まっており、その存在を知った時は「ずいぶんユニークな取り組みがある会社だな」と感心した。
決まったランドセルをただ支給するのではなく、色や形などの子どもの好みや、通う小学校の指定などにも柔軟に対応する。「両親や祖父母と同じくらい、子どものことをきちんと考えてくれていると感じました」と中山は語る。
贈呈式でいただいたランドセルを、中山の息子は大切に使い、2009年に無事に小学校を卒業した。多少の傷はあるものの、男の子が6年間使った割には、ランドセルはきれいな状態であったという。

卒業祝いの食事の席で、妻と息子と語らいながら、中山はふと思いつく。「せっかく会社からもらったランドセルで、まだまだ使えるものなのに、棄ててしまうのは心苦しい。何かいい活用方法はないだろうか」――。
こうしたランドセルを恵まれない子どもたちに寄付しては、と考えた中山は、当時の思いをこう振り返る。「ランドセル贈呈式は、会社が本当に社員のことを思ってくれている“証”のようなイベントです。しかし、ランドセルはたった6年間しか使わない。贈られた分だけ、役目を終えるランドセルも毎年出てくるのです」。

この素晴らしい文化を、さらにいいものにすることはできないか。ランドセルを買えない子どもたちに使ってもらうことが、社会貢献になるのではないか。もちろん個人でランドセルを寄贈することもできるが、全社挙げての活動になれば、ボランティア活動を推奨しているプルデンシャル生命の理念にも合致するはず――。そんな想いで、中山はすぐに提案書をまとめあげた。

もともとプルデンシャル生命には、一社員からの提案にも柔軟に対応する社内風土がある。中山がアイデアを出した「ランドセルの寄付」についても、提案のあったその年内中にはプロジェクトが具体化していった。
2009年、社員の子どもたちのランドセルは、国際協力NGO・ジョイセフが主導する「想い出のランドセル募金~ランドセルは海を越えて~」という活動に寄付されることが決定した。毎日片道10キロ以上離れた青空教室で勉強する、アフガニスタンの子どもたちを中心に、日本のランドセルを送る活動だという。

実は中山の今回の提案には、きっかけとなるエピソードがあった。以前、中山が車で地方都市を回っていた際、とある施設の前を通りかかった。看板を見ると、そこは養子縁組を待つ子どもたちが暮らす児童養護施設と分かり、中山は衝撃を受ける。
「この平成の世に、まだこのように暮らす子どもたちがこんなにいるとは。ランドセルなども、何代も使われた古いものが多いだろう。かたや、当社社員の子どもたちは、会社から毎年ピカピカのランドセルをプレゼントされて・・・」。理不尽さと不公平感に胸がいっぱいになりながら、施設を後にしたという。

この出来事が、ずっと中山の心に残り続けた。それまであまり関わりのなかった“恵まれない子ども”という存在に目を向けるきっかけとなり、結果として、数年後のランドセルの寄付につながったのだ。
「“タイガーマスク”みたいといったら言い過ぎですが、本当にそんな気持ちでした。名を伏せて慈善事業をする方を、これまではえらい、すごいと思うだけでしたが、自分でも行動を起こせば、何かしらお役に立てる。誰しもがタイガーマスクになれる可能性は持ち合わせているのです」。

児童養護施設で過ごす親のいない子どもたちや、海外の貧困地域に暮らす子どもたちにとっては、ランドセルを買えることが“当たり前”ではない。新品のものを与えられない家庭があることも事実だ。私たちが寄付をすることで、世の中の子どもたちが喜んでもらえるのであれば、それはすばらしいことである――。
中山のこうした想いから始まったランドセルの寄付プロジェクトは、その年の数ある業務改善提案の中、みごと“大賞”を受賞したのであった。

中山は、自分一人の力だけでは、このプロジェクトは成功しなかったと語る。「ランドセルを寄付しようという考えは、たまたま私が思いついたことですが、自分にはそのアイデアを具体化する情報も術も無かった。智恵を借りようと、会社に提案しただけのことです。提案を取り上げ、具体化してくれた方々のお力添えに感謝しています」。
2017年現在では、日本から海を渡り、外国の子どもたちに寄付されたランドセルは230個に上るという。一人のライフプランナーのアイデアと、柔軟な対応力が結びついて生まれた寄付活動。遠く離れた異国の地で、色とりどりのランドセルが今もなお活躍している――。