Episode 05

2003年
早すぎる親友の死に、私が伝えた“契約者の想い”

ライフプランナーの営業サポートや、書類管理などの事務全般を行う、プルデンシャルの「フィールドサービススタッフ」。一般には“内勤スタッフ”と称される社員が、自らの親友の保険契約に立ち会う機会があった。そして契約から14年、突然訪れた親友の死――。早世した親友が保険契約に込めた家族への想いとは。一人のフィールドサービススタッフが、友のために取った行動は、保険契約者の想いを伝える“ラブカード”の原点ともいえるものだった。

1989 年、鷲頭がフィールドサービススタッフ(以下、FSS)として入社した支社では、FSS職の社員がライフプランナーに同行して営業を学ぶ機会があった。当時の支社長の考えで、「内勤スタッフでも、営業の現場を知ることには意義がある」という理由から始まった試みである。今でこそFSSの販売実習研修は当たり前のように行われているが、当時はそうした機会もなく、鷲頭にとっては、ライフプランナーの仕事を理解する上でとても有意義な経験となっていた。
同行先の対象となるのは、基本的にはFSS自身の家族や親族、知人などの見込み客が中心だった。鷲頭は、自らが紹介した親友のKさんのファクトファインディング(顧客の実情調査。以下FF)に立ち会うことになる。

Kさんは鷲頭の高校時代からの親友で、下町の個人病院で管理栄養士として働いていた。勤務先の病院で会ったKさんは、白衣に白い長靴を履き、三角巾を被った姿で調理場から出てきた。ふだん会う時とまったく違う親友の姿は、鷲頭の目には新鮮に映った。
忙しい職場とのことで、面談は昼食の配膳後から夕食調理までの、短い休憩時間に行うことに決まった。ライフプランナーの質問に答えるかたちで、Kさんは自分のことを少しずつ語り始める。友人の職場での様子を見るのも初めてだったが、彼女の人生設計をきちんと聞くのも初の経験だった。
Kさんは一人っ子のため、「自分にもしものことがあったら、親が心配」と常々感じていると訴え、親友とはいえそれまで聞いたことがなかった“本音”を鷲頭は知った。「いつものように気軽におしゃべりする時とは違い、背筋を伸ばし神妙な気持ちで話を聞いたことを今でも思い出します」と、鷲頭は当時の印象を振り返る。

途中、ライフプランナーが電話をかけに離席した際、Kさんは小声で鷲頭に耳打ちした。「男性が保険のセールストークをしてるの、初めて見たわ。人生設計を聞かれて、他人に話すのも初めて。でも外資系の保険は良くわからないから、何かあったらあなたに聞く。だからすぐに会社辞めないでね」と笑っていた。
その後鷲頭は、「Kさんは十分な保障を備えた保険に加入された」と、ライフプランナーから報告を受けた。

それから14年間、何事もなく保険契約は継続されていった。Kさんも責任ある仕事を任される立場になり、鷲頭は支社から本社へと勤務先を変えて忙しく働きながら、お互いに充実した日々を送っていた。
友人として食事やお茶を共にする関係は続いていたが、多忙からすれ違いも多くなっていた2003年8月のある夜。鷲頭は、留守電に残された一件のメッセージに気づいた。Kさんのお母様からである。都合が合わず、会う約束が2回続けて延期になっていた矢先のこと。胸騒ぎがしてすぐに聞いてみると「Kが倒れて入院しました。危篤状態なので会いに来てあげて――」。

鷲頭は電話を切るとすぐ家を飛び出し、病院に向かった。夜の病院の廊下は静かでうす暗く、空気まで重たく感じられる。恐る恐る病室のドアを開けると、Kさんは静かにベッドで横たわっていた。鷲頭は大きく深呼吸をして尋ねた。「おばさん、Kちゃんはどうしたの?」。
Kさんの病名は、くも膜下出血。たまたまその日は仕事が休みで、自宅の自室に一人でいた時に倒れたことも災いしたという。母親が買い物から戻った頃には、すでにかなり時間も経過しており、今さっき脳死の宣告を受けたという状況であった。

脳死という言葉の意味は理解しながらも、目の前の光景を受け入れることができない。鷲頭は、無意識のうちにKさんの脚にそっと触れた。その脚はとても温かく、つま先に光る小さな爪が目に止まる。小さすぎてペディキュアを塗りにくいと、いつもKさんがこぼしていた、脚の爪――。
鷲頭は語る。「親友は確かにその時、生きていました。でも、もう目を開けることも話すこともない。事実を受け入れられないというように、淡々と話すおばさんの姿が今も忘れられません」。それまでのKさんとの思い出が走馬灯のように蘇り、私の親友はどうなるんだろう、と頭の中がいっぱいになる。何よりも茫然自失のご両親の様子がいたたまれなかった。
それから3日間、Kさんは頑張り、この世を去った。

Kさんの葬儀は盛大なものだった。壇上には無数の百合の花が大きな流線型を描き、まるで芸能人の葬儀を彷彿させるようなものだったと、鷲頭は回想する。「不謹慎だとは思いましたが、それはまるでKさんの晴れ舞台のようでした」。

初七日が終わり、Kさんのお母様から保険金が無事支払われたとの連絡を受け、鷲頭はご自宅に伺った。葬儀の写真が収められたアルバムを見ながら、お母様はぽつりと言った。
「Kは本当にたくさんの保険金を遺してくれた。あの子はきっと私たちの老後に使って欲しかったんだろうけど、おばさん、葬儀代に500万円使ったの。だってKは結婚式を挙げられなかったから、せめてお葬式だけは晴れ舞台にしてあげたかったの」。

鷲頭は相槌を打ちながら、娘を想う母の気持ちに胸がいっぱいになった。と同時に、Kさんもまた、ご両親への想いをどれほど込めてこの保険に入ったのか――。それをお母様にもお伝えしなくては、と強く感じ、言葉があふれそうになった。
「一人っ子で独身の自分がもし先に死ぬようなことがあれば、両親は二人きりになってしまう。少しでも生活の足しにして欲しいし、家の建て替え費用に使ってもいい。保険契約の時、Kちゃんそう言っていたんですよ」と。

保険契約時から14年の間に、Kさんを担当したライフプランナーは退社しており、今はもういない。当時は、保険契約者が家族へのメッセージを記入する“ラブカード”もまだない時代だった。Kさんが何を考え、どのような気持ちで保険に入ったのか。それを知る人間は唯一、鷲頭だけなのだ。「私が伝えなければ」と心が急いた。

しかし、本来ならばそれは、契約者と直に接しているライフプランナーの仕事である。内勤社員はライフプランナーほどお客様に深く関わる機会がないため、うまくお伝えすることができないかもしれない。言葉の選び方も知らないし、本当に私が話して大丈夫だろうか・・・。
そんな不安もちらりと頭をよぎったが、その瞬間、FFに伺った日の光景が鷲頭の脳裏にありありと浮かんできた。暑かったあの日の空気感、夏の匂いや、Kさんの息遣いまで。「Kちゃんが『話して』って言ってくれたような気がしたんです」。

一呼吸して語り始めた鷲頭の話は、ライフプランナーのように上手なものではなかったかもしれない。だが、ただただ一生懸命に親友の言葉を思い出しながら、語り続けた。その間、お母様はじっと黙って、遺影を見つめていた。
話が終わると、「今はもう聞く事のできない娘の想いを、教えてくれてありがとう」とお母様は頭を下げられた。鷲頭はその言葉を聞き、少し肩の荷がおりた気がした。
「もちろんそれまでもお客様のために精一杯仕事をしていましたが、初めてお客様のご家族に接したことで、自分が生命保険会社で働いているという実感をいっそう強く感じた瞬間でした」。

この一件を通じて、鷲頭は仕事に対する姿勢が少し変わったという。FSSは直接お客様と対面する仕事ではないが、ライフプランナーの先にいるお客様の姿を常に想像して、業務にあたるようになった。そして、“お客様の想い”で自分たちのビジネスが成り立っていることを、改めて実感する。
また、ラブカードの存在もさらに重視するようになった。「今回は、私自身がラブカードの役割を果たし、親友の遺志を伝えることができました。しかし私がFFに同行していなかったら、Kさんの想いは誰にも知られることがないままだったでしょう。小さな紙片ですが、ラブカードにはとても大きな意義があります。文量の多少にかかわらず、すべてのお客様に書き記していただきたいですね」。

大切な親友を亡くした喪失感とともに、鷲頭は今もプルデンシャルで仕事を続けている。自分が伝えたラブカードを、今でも心の中の小さな“勲章”にして――。