Episode 03

2005年
「骨髄ドナーを支えたい」“想いのリレー”は今なお続く

白血病などの血液難病患者に、骨髄を提供する「骨髄ドナー」。骨髄採取のための手術に給付金を支払う仕組みが、「DNB(ドナー・ニーズ・ベネフィット)」と呼ばれる保険特約だ。DNBが誕生するきっかけとなったのは、一人のライフプランナーのアイデアだった。小さなアイデアが会社を動かし、ついには保険業法の改正まで――。“想いのリレー”が描く、軌跡を追った物語である。

2002年、名古屋支社のライフプランナーだった佐藤(※)は、NHKの番組を見ながら感銘を受けていた。それは、白血病などの血液難病患者を救うための「骨髄バンク」を紹介したドキュメンタリーであった。全身麻酔や入院の必要性など、ドナー自身にも大きな負担がかかることを知った佐藤は、「自分の体を傷つけてまで他人の命を救おうとするドナー活動は、究極のボランティアだ」と感じ、そしてふと閃いた。「プルデンシャルが、ドナー活動を手助けすることはできないだろうか」と。

“人の命に関わる仕事”をする生命保険会社であればこそ、何かできるのではと知恵を絞った佐藤は、一つのアイデアを思いついた。「生命保険が骨髄提供手術に給付金を出すことができれば、今よりもっとドナー登録が進むに違いない。ドナーが増えれば、おのずと助かる患者さんも増えるだろう」。佐藤はすぐに提案書をまとめ、会社に提出した。

ほどなくして佐藤は、当時の社長であった河野一郎と話をする機会に恵まれた。佐藤は、骨髄ドナーに給付金を出すというアイデアを社長に進言し、自分の思いの丈をぶつける。「血液難病患者を救うのは、生命保険会社にとって積極的に取り組む価値があることです」との言葉に、河野も深く共感し、賛同した。
河野の肝入りもあり、DNBプロジェクトはすぐに、商品化を目指しさまざまな問題点やさらなる改良を行う部署(以下、商品チーム)に託され、動き出すことになった。

商品チームは、さっそく執行役員会に商品の趣旨を伝え、承認を得ることに成功。すぐさま金融庁にDNBの商品案を提示した。保険商品の商品化には金融庁の認可が必要なためだ。DNBの目的や理念には担当官も賛同してくれ、滑り出しは順調かのように思えたが、金融庁の認可はすぐには下りなかった。
「アイデアはすばらしいが、現行法中の生命保険の給付対象事由に“ドナーが受ける骨髄移植手術”が含まれていないため、許可することはできない」という理由だった。それからしばらくの間、折衝が続いたが、なかなかいい結果には結びつかない。

しかし、商品チームメンバーは常に前向きだった。「私たちにはこれまでも実現は難しいといわれた商品を作った経験がある。今回も現行法を変えてでも、実現してみせる」――。

DNBより以前、商品チームは「LNB(リビング・ニーズ・ベネフィット」)と「FNB(フューネラル・ニーズ・ベネフィット」)という業界初の特約を誕生させている。それぞれ、「余命6カ月と診断された場合に、存命中でも死亡保険金が支払われる」(LNB)、「死亡診断書のコピーと簡易請求書のみで、保険金の一部が即日支払われる」(FNB)といった内容で、いずれも国内では前例のない特約だった。
LNBやFNBも、企画段階では実現不可能といわれていた。しかし「お客様のお役に立てる商品を作りたい」という熱意をもって折衝や交渉を続けた結果、二つの企画は商品化され、お客様にお届けすることができるようになった。
「LNB、FNBに続き、日本の生命保険業界に革命を起こす商品をこの世に送り出そう」。その思いを合言葉に、商品チームはさまざまな手段を検討し始めた。

まずは保険関連法の第一人者である、東京大学の教授を訪ね、専門家の視点から意見を伺ってみることに。DNBの詳細を説明すると、教授はその意義を称賛し、「保険業法は、DNBのような制度を適用させないために作られたものではない」と太鼓判を押してくれた。
専門家にも後押しされた商品チームは、内閣府規制改革・民間開放推進室が主導する「規制改革・民間開放要望」に、DNBの要望書を提出することにした。

チームの熱意がついに届き、内閣府はDNBに賛同した。この保険商品が将来的に血液難病患者にもたらすであろう希望と可能性が、理解されたのだった。ようやく、流れは保険業法を変える方向に動き始めた。その後まもなく、金融庁から「業法変更手続きを前向きに進める」と内閣府に報告が入り、いよいよ本格的に法律が変わる準備が整った。

2005年3月、施行規則の一部改正について、世間一般の意見を求める「パブリック・コメント」が完了した。大方の意見は改正に賛成とあり、その3週間後に、保険業法施行規則の一部が改正される。保険金支払いの対象となる事由の一つとして、保険業法施行規則第4条に「骨髄の提供及びこれを原因とする人の状態」が追加されたのだ。
翌月4月8日、ついに“DNBの取り扱い許可”がプルデンシャルに下される。申請から、実に3年の月日が経過していた。商品チームの熱意が保険業法をも改正し、DNBが誕生した瞬間であった。

しかし物語は、ここでは終わらなかった。骨髄ドナーへの給付金の請求が始まり、同業他社も同じような保険特約を販売し始め、DNBが業界全体に浸透しつつあった矢先のこと。運用前には想定していなかった課題が見つかる。給付金の請求をするために、ドナーが手術を実行したかどうか、またその手術日を証明するためには、ドナー自身が有料で診断書を取得する必要があり、発行までに数週間もかかるというのである。せっかくDNBができても、ドナーには費用や時間と言う点で、負担がかかってしまうのである。
「社会貢献をしようとするドナーの負担を軽減するために、もっと簡易な証明方法を考えるべきでは?」。現場のライフプランナーの意見を受け、立ち上がったのは実際に支払いをする時の査定や条件を決定する部署(以下、支払査定チーム)の進士だ。

進士は、すぐに骨髄バンク事業の全体像を調査し、あることに着目する。ドナーが手術の準備のための休暇を職場などに申請する際は、公益財団法人「日本骨髄バンク」から証明書を発行してもらっていたのだ。同法人は、病院からの正式な医療情報を入手できるからである。これを使わせてもらわない手はない。
ドナーを増やすためには、想定される負担は極力軽減したい。「骨髄移植ドナーを増やし、血液難病患者を救いたい」との切なる想いでスタートした、本プロジェクトの趣旨そのものである。進士はその想いを胸に、診断書の代わりとなる専用証明書を新設できないかと、「日本骨髄バンク」と幾度も交渉を重ねた。

最終的に「日本骨髄バンク」は証明書の発行を承諾した。そればかりか、骨髄バンクの方でもこの“証明書”をホームページや発行物で告知し、ドナーの負担が減ったことを積極的にPRしてくれるようになった。
現在では損保会社や共済でもDNBの取り扱いが始まっている。ドナー給付という概念は、日本社会の中で確実な広がりを見せているといえるだろう。

一人のライフプランナーが立案し、商品チームが具体化させ、支払査定チームがより使いやすいものにしたDNB。この“想いのリレー”は、プルデンシャルの社員一人ひとりにも今なお受け継がれている。
2005年にDNBが導入されて以来、社員自らが骨髄ドナーとなる事例が飛躍的に伸びたのだ。骨髄移植の現状について社内で勉強会が開催されるようになり、血液難病患者の存在や骨髄ドナーについて、知識や関心が高まった結果だ。2007年時点で200名以上の骨髄提供が行われ、2017年現在もその数は増え続けている。これらはすべて社員個人による任意の行動である。

また、正月の風物詩「箱根駅伝」のテレビ中継で、“骨髄バンク”と書かれた赤いのぼりを見る機会も増えた。2006年から始まった全社挙げてのボランティア活動の一つで、骨髄ドナーへの一般の関心を高めるねらいがある。2017年の正月には社員とその家族330人が、のぼりを手に沿道に立ったという。
会社としてもボランティア一人につき一万円を「白血病患者支援基金」に寄付することを毎年継続して行っている。

現場から上がる声を大切にし、「いい」と思ったことはすぐに行動に移す。仲間が頑張っていれば共感し、その輪を全社的に広げていく。フットワークとチームワークを大切にする、プルデンシャルならではのエピソードである。

※ライフプランナーの名前は、すでに退職済のため仮名とする。